正解かどうかは分かりませんが、これは私が認知症の方と接する中で大切にしてきたことです。
認知症というと何を思い浮かべますか?
・記憶障害(物忘れ)
・見当識障害(時間や場所が分からない)
・判断力、理解力の低下
・集中力の低下
・無気力
・性格の変化(怒りっぽくなる)
などではないでしょうか。

介護現場のスタッフは、こうした認知症の特徴を勉強してきているはずなのですが、なかには、話をごまかしたり、適当な返答をしたり、「また言ってる」とあきれたり…そんな対応を見かけることがあります。
そうしたスタッフは、認知症=どうせわからない と思っているのかもしれません。
仕事が忙しいから相手ができない…そんな意識も強くあるような気がします。
ですが、私はそういう対応こそ、認知症の方が不穏になる原因なのではないかと思っています。

“認知症”ということをまずは横に置いておいて、考えてみたいと思います。
もしも、自分が相手から“どうせわからない”“ごまかせばいい”なんて対応をされたとき、あなたならどう思いますか?
やっている方は気づかないと思っているかもしれませんが、意外と分かるものです。
そして、大半の人はそんな対応をされたら頭にくるのではないでしょうか?
認知症の方も同じだと思います。
相手が自分に対してどのような対応をしているか、分かっているはずです。
そして、相手のそうした態度には、とても敏感なように感じます。
それはもしかすると、自分でも「忘れっぽい」「なんだかよくわからないことがある」というのを、感じているからではないでしょうか。
だから、スタッフのそうした対応は逆効果だと言わざるを得ないと思うのです。

私は利用者さんとの信頼関係を大切にしています。
特に、認知症の方には、時間をかけて、根気強く信頼してもらえるようにコミュニケーションをとるようにしてきました。
人間には、心の余白が大切です。
心に余裕がないと、誰だってイライラしたり、パニックになったりすると思います。
認知症の方が、“何もわからない”“何も感じない”というのであれば、関係ないのかもしれませんが、私はむしろ逆で、“分からない”“忘れちゃう”“理解できない”といったストレスが、心の余白を奪い、問題行動に繋がってしまうような気がします。
だったら、心の余白を得られるような信頼関係を気づくことがとても重要だと考えてきました。
信頼関係は一朝一夕にはできないものです。
まして、認知症の方だと時間がかかる印象もある。
だから、私は焦らずに声をかけ続けます。
認知症だとか関係なく、普通に人と接するように。
そして、分からないこと、忘れちゃったこと など気にされていることについては、何度聞かれても誠実に答えるようにしていました。
そうすることで、名前までは難しくても顔ぐらいは覚えてもらえる…。
あと、忘れてはいけないのはスキンシップだと思います。
これは安心してもらうため。
不穏になってしまったときなどは特に、そっと隣に座って寄り添うようにしていました。
余計な言葉はいらない。
話を聞いてあげて、安心できるような声掛けをする…
必要とあれば手を繋ぐなど、触れ合うことも大切だと思います。
そうした時間の積み重ねが、心の余白を生みだしていきます。
心の余白が生まれるということは、その人らしさが出てくるということだと思います。

もうひとつ大切なこと。
それは、自分の居場所と認識してもらうこと。
人間は老若男女、自分の居場所を感じれられないと、不安定になってしまうものだと思っています。
高齢になると、どうしても仕事や家事などをしなくなる。
いや、正確には「させてもらえなくなる」ことが多いように感じます。
「もう年だから」「危ないから」などという理由で、自分の役割を取り上げられてしまうと、精神的にも肉体的にも衰えていくのが早いように思います。
認知症の方も、自分の居場所が感じられなくなることで、不安定になり、さらに症状が進んでいくような気がします。
だから、「ここは自分の居場所」と感じてもらうことがとても大切。
仲の良い仲間と一緒に作業する、一緒に食事をとる、一緒に楽しい時間を過ごす…そうした時間と、 “必要とされているという”満足感などが「自分の居場所」に繋がっていくのです。
こうしたことが、認知症の方には必要だし、信頼関係にも大きく影響してくるのだと思っています。

認知症の方が、
どこまで分かっていて、
どこまで感じているのか。
正確な答えは、誰にも分からないのかもしれません。
それでも私は、「感じている前提」で関わる方を選びたいと思っています。
みんな同じ人間なのだから。
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